青天井と対面式

自称マイナーな人生・趣味・性癖で生きてきたブログ。現在デザイン各種調整中!

普通の高校と全く違う専門学校高等部での生活

中学時代、紆余曲折あって不登校の子が通う高校へと入った私。そこは市内の学校で、電車通学や新しい環境に中学の時よりワクワクした気持ちで入学しました。

・・・今となっては何をそんなにワクワクしていたのか自分自身よく分かりませんが。

 

前回の中学校までの記事はこちら↓

shibayanagi.hatenadiary.com

shibayanagi.hatenadiary.com

 

私の通うこの高校。一応は専門学校で、ここを卒業すると高校卒業と同等の扱いをされるという変わった学校でした。

制度も変わっていますが何より学校がビルでした。見た目完全にビルです。誰も学校だなんて思わないよなってぐらいビルでした。

社会人になっても「高校どこ行ってたの?」と聞かれると困るんです。誰も知らないし◯◯が近くにあって~、と行っても「そんなとこあったかな・・・?」と言われる始末。それが普通です。それだけ人知れずある高校なんですから。

 

f:id:shibayanagi:20180116185618p:plain

不登校の子が通うのですから普通の授業は分かりません。なので学年別ではなく勉強出来る順でA~Cまでクラス分けされているという特殊な勉強クラスがありました。

先輩も後輩も一緒のクラスで勉強しているという事です。変わってますよね。

Aが小学生レベル・Bが中学生レベル・Cが高校生レベルといった具合です。

そうして3年生になる頃には皆Cクラスにいますよ~という優しい教え方をされました。あとでこのカラクリについて説明しますね。

 

高校の問題点一覧

そんな訳で3学年入り混じった授業クラス・学年別クラスの二つを行き来する日々が始まりました。

そこでも私は漫画研究部に所属。そこでまた友達も出来ました。

 

その①分かれた校舎とお墓の体育

一見楽しそうで通いやすそうにも見えますが、まずここ校舎がビル二つに分かれています。しかも向かい側とはいえ横断歩道を渡った先に教室移動なんてこともザラです。

それとここ、保健室がありません。救急箱や体温計ぐらいはあったんですが、ベッドも何もない畳だけの空っぽの部屋だけで当然保健室の先生もいませんでした。

そこで体調の悪い子は休憩。具合が良くならなければ帰らせるという形でしたね。多分人手不足か人員削減でしょう。

『体育はどうしていたのか?』というとこれが一番厄介な所でして10分弱歩いた先の体育館を借りたり、野外体育の時はお墓のある野山で走る練習をしてました。要するに墓苑ってやつ?

散歩してる人もたまにいますが霊の見える友達が「そこにいるんだけど・・・」とか言い出すからもう二度とごめんです!!行きたくありません!!

霊関係の話は苦手な方もいると思うのでまとめて他の記事に載せますね・・・信じられないと思いますけど・・・。

 

まず第一の問題点はそれですね。校舎が校舎じゃない。

廊下や階段も2人いたらどこかぶつかるぐらい狭かったですし、故に人に信じてもらえないような体験ばかりする。・・・勘弁してほしいです。

当時高校になんかいたらしいですし・・・。

 

その②問題児と一緒にされるクラス

いじめっ子はいませんでしたが(逆にいじめられてきた子ばっかりでしょうし)小学生レベルのクラスまであるという所で察しのいい方は気付いたかも知れません。

この高校障害を抱えた子も多かったんです。

身体障害ならまだ良いんですけれど知的障害を持った子がクラスにもいまして・・・。その子達だけのクラスもありましたが、普通の学年にもいた為コミュニケーションが取れない事がたまにありました。

知的障害者の伯母と暮らしてた私にはこの子達の存在は正直キツかったです。掃除を真面目にしないから「ちゃんと掃除してよ!」と言ってもへらへら笑ったままだし、独り言が多くて先生の話を邪魔をしたり。

仕方のない事だとは思うんですが家で気を使ってる分余計に辛かったですね・・・。イライラしっ放しの日もよくありました。

 

勿論健常者の人や健常者っぽい人もいたんですけどね。分かっていたんですが、日常でそういう子が視界に入るのが嫌で嫌で仕方ありませんでした。

 

その②.5 問題はあったけど仲良しだった先輩

これは問題点とは少し違いますが、健常者の人でも何かを抱えている人は多かったです。不登校気味の私もそうでしたし。

勉強クラスで凄~く仲良くなった先輩(女性)がいたのですが、その人は病んでました。

リストカット常習犯で、先生に嫌われて目をつけられたり、少し多重人格だったり。仲が良かっただけにその先輩の事を今でも時折思い出します。

絵が凄く上手で、個性があって、空が好きな尊敬してた先輩です。

私も自然を見るのが好きだったので、その先輩と帰る時「夕日が綺麗だね~」と言ったのを今でも覚えています。空を見て綺麗と言える人を、母は素敵な人だと言いました。私もそう思います。

 

その先輩は私が入学した時既に3年生だったので1年しかいられませんでしたが、忘れられない存在です。

健常者でも確かに問題はありましたが、友達やこういう先輩と交流があったのは喜ばしい事です。小学校の頃に比べればまだ、嫌な事ばかりでもありませんでした。

 

 その③クラス編成のカラクリ

第三の問題点はクラスの仕組みです。

私みたいに休み癖をたまに起こして嫌な授業は学校に行かない・行けない場合があります。でもちょっと相談の機会があるくらいで大して何か変わったとも思えません。

 

勉強も理解出来たり理解出来なかったりですが、それでもクラスは学年ごとに上がるんです。というか、上がらされるんです。強制的に。

1年の頃は「3年のほとんどはCクラス(高校生レベル)にいるなんて凄いなー!」と無邪気に思ったものですが実情は違います。

勉強が出来ようが出来まいが、学年と一緒に勉強クラスも上がるもの。始める地点を最初下げてあるだけで、あとは普通の学校とやっている事は変わりありません。

なので分からないものは分からないまま進むのも同じ。普通と違うのはわりと多めに見てくれる程度ですね。平均点が低いとか合格基準が低いとか。

それで先生も厳しい人は厳しくなっていくんですから無理な子は無理だと思います・・・。最後の方の数学なんかさっぱり訳分かりませんでしたもん・・・。なので私は今も頭悪いまんまです。

 

そんな訳で高校時代もさほど楽しくなかった訳ですが、今まででいうと小学校よりマシ。けれど休めない分中学よりは嫌。といった感じです。

学生時代で共通して良かった事といえば友達がいた事ぐらいですかね。

高校の友達でも未だに仲の良い子がいます。友達はいつの時でも大事です。こんな私でも付き合ってくれるんですから本当に感謝しています。

 

高校卒業して、次は大学?それとも就職?となる間の頃ですが、微妙な家庭環境の変化や、何故か就職まで1年半もかかってます・・・。

 

ここまで読んでくださり、有難うございました。

次の記事はこちら↓

shibayanagi.hatenadiary.com