青天井と対面式

自称マイナーな人生・趣味・性癖で生きてきたブログ。現在デザイン各種調整中!

家族構成&まだ何も知らない幼少期

私が生まれたのは1991年の11月。

生まれつき心臓に病気を患っており、体があまり丈夫でなかった為両親からとても心配されました。

そのせいもあってか一人娘としてとても大事に育てられました。病気の事もあってか過保護なくらい大事にです。

 


 その時は両親・母の姉である伯母。あとまだ生きていた母方のお婆ちゃんが一緒に住んでいたそうです。私が3歳の時までに亡くなってしまったそうで残念ながら私の記憶にありません。

お爺ちゃんは私が生まれる前に亡くなっていたそうで、写真でしか見た事ないし顔もよく分かりません。

 

父と母がよく話す私の思い出はこの時のが一番多い気がします。動物園に連れて行っただとか、何を買ってあげただとか、何を喜んで食べただとか。

曖昧な記憶の中での私は確かに楽しかったように思います。無邪気に育った時だからかも知れません。

 

けれど幼稚園から学生時代にかけての思い出は地獄の日々ばかりでした。

 

父はモラルハラスメント。通称モラハラという性格で、母に対して非常に当たりが強く「お前が◯◯だから」「お前が◯◯せんからじゃろうが!」とよく言っていました。

当時はそんな言葉もなかったでしょうし、その言葉を知ったのは私が成人してから少し経ってからでないと分かりませんでした。

 

母はとても健気でまともな人でしたが、父をとても嫌っていて喧嘩をしては2~3ヶ月口を聞かず・仲良くなったのも1~2ヶ月でまた喧嘩しての繰り返し。

ここでは書けないような事を呪いのように寝る前呟いていたのを私はずっと覚えています。

 

そして重要なのが伯母の存在なのですが、母がよく「姉ちゃん」と呼んでいたので私も「ねーちゃん」と呼んでいました。

伯母は軽度の知的障害を持っていました。病名は分からないのですが、怒りやすくて些細な事でも気に入らなければ暴れて物を投げたりしていました。

だからこそ一人で暮らせず一緒に住んでいたのでしょうが、私に多大なトラウマを植え付けています。

 

これからの記事でもお話しますが私は今も障害者が苦手・或いは嫌悪しています。そのような内容が苦手な方は戻るボタンを押して頂くか、右上の☓(閉じる)ボタンを押してください。

尚デリケートな内容ですので多少炎上しても止むおえないと私は覚悟しています。それだけストレートに書きますのでどうかご了承下さい。

 

幼少期までの私は好奇心旺盛で、誰にでも話しかける明るい子供でした。

物怖じせずに知らない子に話しかけて仲良くなったり、スーパーのお姉さんに「どうやったらここではたらけますか?」と聞いたり積極的な一面もありました。

・・・今とは全く正反対ですね。根はそうだったんだと思います。今の私は相手の顔色を伺い、極力会話はしたくない。願わくば働きたくない。あの頃の自分はどこに行ったんだろうとたまに自問自答したりします。

 

幼少期はこんな感じです。明るかった私が本格的にトラウマや引っ込み思案、果ては嘘つきになったりするのはこれからです。

 

 

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ここまで読んでくださり、有難うございました。

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